重度の知的障がい児の息子との人生。【体験ブログ】

“私には9歳になる重度の知的障がい児の息子がいます。
1歳半のときに、保険所で発達障がいと認定され、愛の手帳を交付されました。
最初のうちは、自分の息子が障害があることに対して受け入れることができなくて、よく本屋などに行き、発達障がいを完治する方法などを模索してきました。
何箇所も周り、大量の本を買い、勉強しました。
勉強するうちに、発達障がいは完治することはまず無理だということが分かりました。
最初は受け入れがたいほどにショックを受けたのですが、現実を受け入れることが将来、ハッピーにくらすことができると
どの本にも書いてありました。
実際に現実を受け入れるまでに何年もかかりました。
現実を受け入れたと思っていても、心の奥底でくすぶった暗い部分がたまに頭を出してきます。
それでも、すこしずつですが成長する息子の姿を見ると、愛らしく感じるところもあります。
最初の2年で何とか現実を受け入れることができ、完治ではなく、対処療法で息子と相対していこうと決心してからは、発達障がいであることが逆に、自分たち夫婦にとって幸せであるように感じることができるようになってきました。
最初のうちは、息子が健常児であれば、どれだけよかったかと、想像し、悔しい思いをしてきたのですが、発達障がいを受け入れることが出来てからは、前向きに家族として楽しむことができるようになってきました。
息子を幸せに成長させるために、夫婦そろって一生懸命勉強しました。
勉強した結果、デイサービスに預けっぱなしにするのではなく、スキンシップを多く取り、愛情をたくさん与えることによって子供に良い影響を与えることが分かってきました。
息子が2才になるころに足立区にある療育施設に通院するようにしました。
送迎バスなどがないので、家内が自転車で送迎しました。
最初のうちは、息子がパニックになり大変苦労したのですが、だんだんと親離れができるようになってきて、療育を受けることで色んなことができるようになってきました。
集団行動もパニックを起こすことなく出来るようになりました。
最初の頃は、絶対無理だと思っていたことが、がんばればがんばるほど、報われるのです。
親としてこれ以上の幸せはありません。
もし息子が健常児であったなら、これほど息子のことを一生懸命考えることはなかったと思っています。
現在は、すくすくと成長し、都内の特別支援学校に通っています。
そこの先生たちもよい人ばかりで、息子は楽しそうに学校に通っています。
冷静に周りを見渡すと、私たち夫婦は孤立していたのではなく、同じ環境の人たちがいっぱいいることが分かりました。
いまでは近所で同じ境遇の人たちとコミュニティを造り、子供が最後まで幸せにくらせるように一生懸命、議論しています。
人は考え方次第で、ポジティブになれるものだと感じました。
発達障がいの息子は特別支援学校に通学している間はよいのですが、卒業してからが本当の試練だと思っています。
近所のコミュニティの人たちと協力して過ごしやすい環境を整えてあげようと思っています。