怒りっぽい父親がADHDでした。【体験ブログ】

両親ともに健在ですが父親がADHDです。
症状としては落ち着きがなく、きれやすくささいな言葉で怒り出すことが、わたしがこどものころから多くおさないころからご機嫌をうかがって怒らせないようにと本音やわがままをあまりぶつけずにすごした記憶があります。
日常の仕事も定着するまでかなりの時間がかかりひととの関わりが、父親は上手にできません。
善意で言った言葉も裏にとって善いように解釈できないところや、適当に人に合わせるのが苦手です。
仕事はきまってもながつづきしないのは主に人間関係です。
ひととの距離感がちかかったり、おせっかいを言いすぎたり、苦手意識を持った人には極端にさけて悪口をいうはめになり、父にはあわせてくれるひとがいる環境でなければむずかしいのではと感じています。
子どもも私の他に弟もいますがぶつかり合いが多いので、いまでは父と弟はほぼ疎遠なのですが、トラブル回避のためにはお互いいい距離感に感じます。
自分の考えはまげない柔軟性のひくさから生きにくさを感じているようには見えます。
衝動的にものを発するのでびっくりしたり、わたしたち家族のペースも乱されるのはちょっと困惑して疲れはたまります。
自分なりのルールを私たちに共用するというのは家族にとってはリラックスしにくいものです。
忘れ物がおおいのと、せかせか焦っているようす、じっとしていられないという性質は顕著です。
職場へもだいぶはやく到着したり、一緒に外食にいっても自分がたべおわればさっさとみせからでてしまったり、ひとの行動にあわせるのが一番苦手な分野です。
いつもいそがしくしていて、休みの日もごろごろしたりというのはないので、家族が逆に家をあけるようになることもふえました。
自分ルールはだれにもあるとおもうので、極端になりすぎないよう、息もぬけるようにまわりがうまくフォローする必要もあるのかなとまわりではなしています。
この症状に加えまだ60代前半にしては物忘れが非常におおいのでここも注意して今後見ていかないととおもって病院の先生にお話ししています。
おせっかいという部類なのか、ひとの気持ちをかんがえにくいという一面は、調理して出したおかずに平気で味をつけなおしたり、自分ではよかれというこうどうが相手にとっては不快になっているという状況が多いことから、発達障害のひとつなんだとしばらく前にきづいたことがきっかけでした。
障害とわかってからはあきらめというかイライラしたり家族の不快感はへり、性格のわるさではなく障害と言い聞かせられるようになったのでわかって良かったと思っています。