広汎性発達障害

生きた人形だった子供時代。母親からネグレクトを受ける生活


小学生後半から、中学半ばで、私は少しずつ色々な感情を失くしました。遊び、喜び、興味、感情・・・。あらゆるものです。
原因とされたのは学校でイジメに逢い、家では母親からネグレクトを受ける生活のせいです。


耐え切れなかった私は母と子供の精神科へ行き、診断を受けました。
しばらく私を見たお医者さんは一言も話さず、固まっている私に


『お子さんは、統合失調症です。それも重症です。なぜここまで放置できたのですか?』


と、切り込みました。
それを聞いた母こそしどろもどろでした。

主治医の病院内で、『歩くお人形さん』と呼ばれるように


しかし母が助け舟を欲しいとかけた電話で父は包み隠さずお医者さんにすべてを告げました。

最初は虐待が原因と児童養護施設行きを検討されましたが、症状の重かったのと父が私を守り、母のネグレクトを更生をさせ私をきちんと通院させる事を条件に児童養護施設は回避されました。


私はその時、何も言わずに固まっていたようで、主治医の病院内で、『歩くお人形さん』と呼ばれるようになりました。
私はまったく何も感じずに動くだけで症状や気持ちを全く伝えれない状態になっていました。


投薬と戦い。精神安定剤と睡眠薬


 主治医の処方は精神安定剤と、睡眠も取れていなかったので睡眠薬も出されました。
睡眠薬は即効で効くタイプのため、よく眠れていたのですが、精神安定剤はたとえ数週間飲んでも楽にもなりませんでした。

風邪薬より効かない薬と決め付け、父の目を盗んでは段々と捨てるようになりました。(実は効くまで4週間~1ヶ月必要な薬だった)


最終手段としてデポ剤を使用・・・・


それを知った母は薬を受け付けない私に、母はまるで山のような愚痴をこぼし、私を見捨てました。
主治医は仕方なしに最終手段としてデポ剤(※)が使用されました。


(※:デポ剤とは、精神薬の筋肉注射又は静脈注射。肩かお尻に打つ注射で主に薬を服用しない患者への最終手段。)


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デポ剤の注射は筋肉注射のため、痛みが激しく、私はそれを嫌い、院内に入るだけで競馬のパドックの周回のように、パタパタと落ち着きなく歩き回ったようです。
父はそんな私を見て、ショックを隠しきれなかったと言ってました。


精神薬の中でも『ジスキネジア』という、席でじっとできない副作用の子もいるということもあったようです。
最終手段であるデポ剤が打てないと困るので父はケースワーカーさんにも立ち会ってもらって、あの手この手を尽くして試行錯誤したと今は笑って話しています。

 

生きた人形が人間に戻る日


年月が過ぎ、デポ剤から新しい薬に変わったころ、私は高校中退。
母と父は会社の経営不振と不仲で離婚をし、姉は『こんな妹・父いらない』と家から逃げていってしまいました。


最初こそ二人だけになってしまったと悲しみに暮れていましたが、母と姉がいなくなったことで、私の生活環境が激変しました。
心の重りが取れたような開放的な気持ちになれたのも私の助けになりました。

薬が減り、注射も必要なくなりました。


パタパタ歩き回らず、自然と落ち着いていられるようになったのです。
人形のように無表情だったのに、普通に話し、泣いて笑って自分の意見を言えるようになっていきました。


主治医は驚きのあまりケースワーカーさんを呼びにいき、主治医は『まるでお人形さんのようだったのに!命が宿ったようだ!まるで別人だ!』と驚いていました。
父も、『娘がこんなに別人のようになるなら、離婚をして正解だった。』と言ってくれました。

今は職場へ行き今日もあくせく働いています。


  正直、上記のことは断片的にしか覚えていません。
今思えば、お人形さんだったのかと不思議な気持ちでした。


 しかし、気持ちを伝えられないと言っても声は出ました。その様子は病院内では凝固し、不気味とされていました。
すべて父、主治医、ケースワーカーさんが語ってくれて、自分でも驚きを隠せなかったです。

自分としては悲しい夜に薬を飲んで寝たら、まるでスイッチが入ったようだったと伝えたのですが、今でも原因不明です。


今ではすっかり良くなり、普通の女性になろうと、1日1日を生きています。

あれからずっと父との二人暮らしが続いています。
大変なこともありますが、父と自分のお弁当も毎日作って、家事も行っています。

薬を飲みながらですが、職場へ行き今日もあくせく働いています。
今は好きな人ができて、おしゃれにも目覚めました。


自分なりには充実していると思います。

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